水戸地方裁判所 昭和42年(ワ)12103号 判決
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〔判決理由〕第一、本訴に対する判断
一、原告ら主張の日時に原告みきの夫であり、他の原告らの父である亡荒川民が甲車を運転して国道五〇号線を水戸市方面より西茨城郡友部町方面に向け進行し、同郡内原町大字中原八〇三番地先路上に差し掛つたところ、対向して来た被告従業員島田信行の運転する乙車と衝突したこと、そして亡民が死亡するに至つたことは当事者間に争いがない。
当時被告が乙車の保有者であつたことは被告の明らかに争わないところであるから、自動車損害賠償保障法第三条但書の免責事由が認められないかぎり、被告としては亡民の各相続人である原告らに対し同人の死亡によつて生じた損害につき賠償の責任を免れない。
二、そこで本件事故発生の模様を審究し、右免責事由の有無につき検討する。
イ、事故当時、現場附近の道路は幅員が7.5米で舗装されており、路面にはセンターラインが白く引かれていたこと、附近はおおむね直線で見通しは良好であつたこと、もつとも当時糠雨程度の小雨が降つてはいたが、車両の通行量が少なく、見通しにはほとんど影響がなかつたこと、そして道路の両側には幅五〇糎の側溝があり、さらにその傍は高さ一五〇糎程の土手となつていたことはいずれも当事者間には争いがない。
ロ、<証拠>を綜合すると、本件道路は歩車道の区別がなく、事故現場附近における自動車の制限速度は毎時四〇粁と定められていること、その南寄りには別紙図面記載のとおり内原方面より石塚方面に向つて東西に通ずる道路(幅員は本件道路より明らかに狭い)との交差点があること、当時島田信行は乙車にケチャップ空壜五〇〇個(約三屯)を積み運転交替要員(四時間毎に交替の予定であつた)として助手席に島田曻司を同乗させ、当日午前一一時頃群馬県新田郡新田町を出発し福島県原町市に向う途中であつたが、本件道路を毎時約六〇粁の速度で進行し、右交差点においても格別減速することなく通過した直後に、それまで対向し直進して来た甲車が突然センターラインを越えて乙車の進路上に入つて来ようとするのを前方約三〇米の距離に発見したので、これを避けようとしてハンドルを左へ切り制動措置をとつたが間に合わず、乙車の通行区分内において両車の各右前部が衝突してそれぞれ大破するに至つたこと、そして衝突の際の衝撃と反動のため甲車はほぼ一八〇度回転し逆方向を向いて停止すると共に、重傷を負つた亡荒川民の身体は大部分車外に投げ出され、間もなくハイヤーで水戸市内の救急病院に運ばれる途中に同人は肺心臓損傷等のため死亡するに至つたこと、他方乙車は衝突と殆んど同時に左前輪が側溝に落ち込んだが、なお約一〇米前進して別紙図面記載の位置に停止したこと、以上のとおり認めることができる。
被告は、事故当時島田信行が、ほぼ制限速度と同じ毎時約四〇粁の速度で乙車を運転していたと主張する。しかし<証拠>中には、同人が内原町方面から前記交差点を左折して友部町方面に向うため、大塚伝の運転する自動車の助手席に乗り、本件事故発生の直前に前記交差点に差し掛かり、本件道路に入ろうとして交差点の手前で一旦停車したとき、乙車が本件道路を毎時六〇粁を超える速度で通過するのを目撃したとの事実が述べられており、このように乙車が高速で進行した事実は、右認定の情況事実とくに衝突時の衝撃の激しかつた模様や乙車が左前輪を側溝に落としながらもなお前進を続けたこと(<証拠>によると、乙車の停止位置の背後の左側土手には別紙図面に示すように4.3米の長さの擦過痕が、残つているので、乙車が落輪後も土手に接触しつつ進行したことが明らかである)によつて充分裏書きされているものと見て差し支えない。<証拠判断>
他方原告らは、事故当時乙車がキープレフトの原則に違反してセンターラインを越え、もしくはその直近を通過したことが事故の原因であると主張する。しかし<証拠>によれば、事故直後の現場には停止していた乙車の左側後部より1.8米離れたX点(別紙図面表示)を中心にして路上にガラス破片やライト枠が散乱していたことが認められ、さらに<証拠>によれば、本件衝突と乙車の左前輪が側溝に落ちたのとは殆んど同時の出来事であつたことが認められるので、これらの事実から考え合せると、衝突の時点における乙車の位置はその左側面が前記土手の擦過痕(別紙図面参照)の南端に近づき将に土手と接触しようとしていたか、あるいは既に土手と接触しつつ車首が前記X点の近くに達していたものと認めざるを得ない。そのいずれであるにしても衝突時における乙車の左側面は路肩附近もしくはその外側にあつたこととなるから、<証拠>の写真から知り得る車幅と前記道路幅員から見て、同車体右側面とセンターラインとの間隔は少くとも一米を超えていたことが推測できる(かりに同車体左側面が路肩の線上にあつたとすれば、センターラインから路肩までが3.75米であるから車幅を2.5米としてこれを差引くと、センターラインと車体右側面との間隔は1.25米となることが計算上明らかである)。そうすると前記認定の両車の衝突部位に照らし、甲車が少くとも一米以上センターラインを超えた地点で衝突したものと推定すべきである。このように甲車が進路を変えセンターラインを越えて乙車の進路上に進入して来た事実は、<証拠>とも一致しているところであるから、亡荒川民が何故にかかる異常な運転操作をなすに至つたかその真因を確かめる資料はないが、その異常な運転操作自体の真実性はこれを否定し得ないものというべく、ほかに前記認定を覆えし、原告ら主張のように乙車において事故当時キープレフトの原則に違反していた事実を認めるに足る確証はない。もつとも<証拠>には、乙車が前記交差点を通過した際、道路の中央線附近を通つたとの供述部分があるが、一般に広い道路を通行する自動車が狭い道路からの飛出し事故を避けるため交差点内ではことさらに中央線寄りを通過することは往々あり勝ちなことであつて、そのような場合でも交差点通過後はただちに左寄りに復するのが通例であるから右供述部分は格別前記認定を動かすに足りない。
なお事故現場における甲車の停止位置につき、本件において取調べた目撃証人らの各供述は区々不統一であるが、このことは前記認定の支障となるものではなく、ほかに認定を覆えすべき証拠はない。
ところで証拠認定のような事実関係のもとでは、乙車を運転していた島田信行にとつて本件事故が突発的な出来事であつたために未然にこれを回避する時間的余裕がなかつたものと認められるが、もし当時同人が交通法規にしたがつて交差点を減速通過し、通過後も制限速度の範囲内で乙車を運転していたならば、もつと手前の位置で甲車の異常走行を発見し衝突を回避する措置を講ずることができたであろうし、そうでなくても被害結果を大きくしないで済ますことができたであろうと考えられるから、同人が法規に違反して高速で乙車を運転した過失が本件事故の原因となつていることは否定することができない。
結局本件事故は亡荒川民のセンターラインを越えて甲車を運転した過失と島田信行の高速運転の過失とが競合して発生したものと認めなければならないから、島田信行に過失がある以上、被告の免責の抗弁はその余につき判断するまでもなく理由なきに帰する。
<中略>
ハ、過失相殺
前記認定の本件事故発生の状況に照らすと、事故の原因となつた双方の過失の程度は甲車を運転した亡民につき五とすれば、乙車を運転した島田信行については一の割合と認むべきである。<後略>(土屋連秀)